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アメリカネナシカズラの虫こぶは花を作る遺伝子群が働くことによってできる

  • 執筆者の写真: Kanako
    Kanako
  • 9月29日
  • 読了時間: 4分

虫こぶの論文が公開となりました。

2020年に東北大に着任してから、何を研究するか逡巡し、2021年に材料の飼育系立ち上げから始めた研究が5年かかってやっと結実し、とても嬉しく思います。


Parasitic‐Plant Parasite Rewires Flowering Pathways to Induce Stem‐Derived Galls

Plant Direct 2025 Aug 20;9(8):e70099. doi: 10.1002/pld3.70099.


以下、論文内容の解説です。

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虫こぶとは、昆虫の摂食や産卵の影響により植物の細胞や組織が過増殖・過成長して生じる新奇器官であり、昆虫にとっては食料および居住地として機能します。昆虫の中でも、アザミウマ目、カメムシ目(半翅目)、ハチ目(膜翅目)、甲虫目、チョウ目(鱗翅目)、ハエ目(双翅目)の中に虫こぶを誘導する種が存在しており、誘導する昆虫種が違えばたとえ同じ宿主植物であっても異なる形の虫こぶが誘導されることから、昆虫種が独自に虫こぶ誘導能を獲得したと考えられています。


これまで虫こぶを誘導する昆虫と宿主植物を研究室内で維持することは難しいとされてきました。しかし富山大学の土`田研究室にて寄生植物アメリカネナシカズラとマダラケシツブゾウムシの飼育系が立ち上がり、通年で虫こぶを得ることが可能になりました。この系を用いることにより、ステージを追った虫こぶの解析が可能となりました。私は土田研との共同研究をはじめ、東北大でも両者を室内で飼育することができるようになり、2022年からいよいよ分子機構の解明に取り組みました。

本研究では初期、中期、後期と名付けた各ステージの虫こぶにおいて、microCTでの内部構造可視化、薄切切片の作成、細胞数と細胞サイズの計測、発現変動遺伝子の抽出を行いました。

その結果、虫こぶでは新規維管束の形成が促進されること、初期虫こぶでは細胞分裂が活発になり中期以降では細胞肥大により体積を増大させていくことが示唆されました。また、初期虫こぶでは花器官の形成に関わる複数の遺伝子が発現上昇しており、ホメオティック遺伝子の異所的発現誘導が虫こぶ誘導の契機となっていることが示唆されました。これは先行研究において、他種の植物ー昆虫の組み合わせでも示されている結果と一致しており、植物における虫こぶ発生の初期にはホメオティック遺伝子の発現上昇が共通しているかもしれないと推測されます。

さらに面白いことに通常は光合成をしない全寄生性植物であるアメリカネナシカズラですが、中期以降の虫こぶでは光合成関連遺伝子が高発現していることも見出しました。これは以前の、虫こぶにおいてクロロフィルが蓄積し、光合成活性が上昇するという報告を支持する結果です。Murakai et al. 2021 Sci Rep.


なぜ虫こぶができると普段光合成をしない寄生植物が光合成をするのか?虫にとってメリットがあるのか?ということを調べるため、虫こぶをアルミホイルで覆うという簡易実験を行いました。その結果、アルミホイルで遮光した虫こぶはサイズが小さくなり、またコントロールに比べて色も黄緑色になっていました。色の変化はクロロフィル量の減少が原因であることを確認しました。一方で、虫こぶ内部のデンプン量はコントロールと遮光群で有意差はありませんでした。すなわち光合成によって得られるデンプンではなく、宿主由来のデンプンに依存していることが示唆されます。面白いことに遮光したものでは中の幼虫の成長度合いが遅れ、コントロールでは同一期間で50%が蛹になったのに対して、遮光群では20%程度に減少していました。これはすなわち遮光によって幼虫の生育が抑制されたことを示唆しています。


つまり、虫こぶは「花を作る経路の遺伝子群が通常とは異なる形で駆動されることによって」作られ、さらにその内部では「通常では起こらない光合成が呼び覚まされることにより」幼虫の成長を助けるという不思議な器官だということです。寄生植物の中で虫のためだけに光合成を始める――まさに昆虫と植物の相互作用の極致です。


今後は、この「植物の潜在的なプログラムを昆虫がどうやって引き出しているのか」を、さらに分子レベルで掘り下げていきたいと思っています。


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追記:2025年9月に本研究の内容も含め、アメリカネナシカズラの光合成についての知見をまとめた和文総説が公開となりました。


ゾウムシが呼び覚ます寄生植物ネナシカズラの光合成能力

熊谷佳奈子・横山隆亮・別所-上原奏子 (DOI: 10.24480/bsj-review.16a2.00273)


こちらも合わせてお読みいただければ幸いです。

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