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iNaturalist x Gall論文が公開になりました

  • 執筆者の写真: Kanako
    Kanako
  • 9月30日
  • 読了時間: 5分

植物と昆虫が関わる現象のなかでも、虫こぶはとてもユニークな存在です。昆虫が植物に刺激を与えることによって、通常の植物器官とはまったく異なる構造を作らせてしまう、いわば寄生誘導器官とも呼べます。昆虫の側から見ると、自分のための“家、兼、食糧”を植物に作らせるため、生物学的には昆虫の「延長された表現型 (extended phenotype)」として扱われてきました。虫こぶの形態についてはたしかに昆虫による影響が大きいとは認識しているものの、植物学者という立場から私は、この器官が「植物側の制約」を受けている可能性に着目しました。


何百もの虫こぶを観察しているうちに、葉にできた虫こぶは、茎からできた虫こぶより形が複雑になる傾向があるようだ――そんな仮説が浮かびました。そこで、そのような先行研究を探したところ、数は少ないですが、同じ植物の葉と茎にできる虫こぶ形態を比較している研究を見つけました。Formiga et al. (2014)によると、Baccharis reticulariaという植物は葉にも茎にも虫こぶが誘導されるスーパーホストであり、この種にできた虫こぶ形態を比較することで宿主植物の由来器官における形態可塑性を評価しています。その結果、茎は葉よりも形態的可塑性が低く、虫こぶの形態がより制約されるという可能性が示唆されていました。しかし、この研究では1種の植物種のみを用いた解析であり、その解析結果が植物一般に適応できるものか明らかになっていませんでした。また、虫こぶ形態はさまざまにタイプ分けがされているものの(例えばIsaias et al. 2013を参照)、一つの基準で定量化する試みはなされていませんでした。

そこで私たちはiNaturalistという市民科学プラットフォームを活用し、世界中の虫こぶ画像データを収集、フラクタル次元によって定量解析することによって、虫こぶ形態の大規模比較分析を実施しました。その値を用いて、統計モデルで検証したのがこの研究となります。


Plant organ modulates morphological constraints of insect-induced galls: evidence from citizen science data Sci Rep 15, 30433 (2025). https://doi.org/10.1038/s41598-025-15384-z


本研究では以下のような流れで研究を行い、結果を得ました。

⚫︎画像収集と形質定量化

 iNaturalistという市民科学プラットフォームから、様々な虫こぶ画像を集めました。初めは"gall"というキーワードで検索したところ、13万枚もの画像が入手できましたが、そこから昆虫種の重複を削り、画像のクオリティや宿主植物種判定の可否、撮影角度... などさまざまな条件で絞り込むことで最終的に画像を555枚まで絞り込みました。

その後、虫こぶ画像を白黒に二値化した上で、その形の複雑さをフラクタル次元解析によって定量しました。その結果、葉由来の虫こぶは、茎由来のものよりも形の複雑性が高い傾向があることを明らかにしました。


⚫︎統計モデルによる検証

 MCMCglmmを使い、植物種、昆虫系統、そして誘導器官(葉か茎か)という変数を入れて、由来する植物器官が虫こぶ形態に与える影響を検証しました。その結果、統計モデルでも、器官起源が形態バリエーションに有意な影響を与える証拠が見られました。

また、フラクタル次元解析は構造的に多様な虫こぶ全体の形態複雑性を定量化するのには有用ですが、白黒に二値化した画像を解析しているため、高さのような特定の情報が失われてしまいます。そこでこの点を補完する解析として、人間目線での形態複雑性を評価する指標として、6つの形態学的形質を定量化し、主成分分析(PCA)を実施しました。測定した形質は以下の通り:(1)縦横比、(2)形成器官に対する虫こぶの厚さ(相対的な厚さ)、(3)楕円からの差異、(4)棘の数、(5)形成器官との色の違い、(6)毛の状態。その結果、茎由来の虫こぶは主にPC1で固まって存在したのに対し、葉由来の虫こぶはPCA空間に広く分布しました。加えて、葉由来の虫こぶは、色変化や毛の状態といった質的形質、相対的厚みと、茎由来虫こぶは縦横比(円に近い形状)といった量的特徴と強く相関していることがわかりました。これらの知見は、植物器官が質的・量的形質の両面で虫こぶ形態に影響を与えることを示唆しています。


このように、本研究では昆虫側の要因だけでなく、植物上のどの器官に誘導されたかということも虫こぶ形態の制約因子として作用している可能性を見出しました。



本研究ではFormigaらによって提唱された仮説、すなわち茎に由来するか・葉に由来するかによって虫こぶ形態が変化するという「ハードに起因する違い」を、より広い植物種の画像を解析することによって、植物一般に当てはまるようだということを示しました。茎由来の虫こぶが葉由来虫こぶよりも形態的に制限され、よりシンプルな形であることは、元々の植物器官の性質により規定されていると考えられます。すなわち、葉はそもそも形態可塑性が高く、環境変化によって形態を変えるポテンシャルを持っています(例えば低温環境では鋸歯が深くなったり、細葉になったりするなど)。一方で茎は、植物を支える支持体であり、またリグニン等の硬い物質が多く蓄積しているため、形を変えにくいという元々の性質を持っています。二次代謝産物の蓄積といった化学的性質だけでなく、細胞タイプや各器官において特異的に発現している遺伝子によっても、昆虫からの刺激に対する応答が異なっている可能性があります。今後は、そういった虫こぶ形態を決める「ソフトに起因する違い」についても明らかにしていきたいと考えています。

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