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  • 執筆者の写真Kanako

アカデミアの魅力とは

更新日:2021年10月10日

出身校である名古屋大学が開催する「博士人材キャリアパスセミナー」に招待され、講演する機会をいただいた。

私は学位を取ってから3年目で、その間に結婚・出産・海外留学を経験している。

確かにはたから見たら、「キャリアパスセミナー」で話すのにうってつけだろう。

そのセミナーでは三人の講師がいて、2人は博士号取得後すぐ企業に就職、私だけがポスドクそしてアカデミアへと進んでいた。この講師陣の背景を見るに、聴講者は企業に行くかアカデミアに行くか悩んでいる学生さんだろうと予想した。実際、主催者の先生からも「各ステージでどうしてその選択をしたのか。またアカデミアは不安も色々あるが、それでもアカデミアに進んだ決め手や魅力を伝えてほしい。」と直接ご依頼いただいた。

そこで、私が大学院にいたころ、どのように進路を決めたのか、また現在いるアカデミア業界の魅力と不安について考えた。

●どのようにして進路を決めたか。

小っ恥ずかしいし、なんだか前にブログに書いたような気もするのでさらっと言うと、私は高校生の時に「世界の食料問題を解決したい」と考えて、研究者を志した。研究者になるなら博士号がいる、博士号を取ったあとで国連や国の研究機関に入り、より良い作物を作りたいと考えていた。しかし、大学に入ると世界は違って見えた。私はほとんど何も知らなかったと気づかされる。大学の研究はお金にならない、社会に出るまで何十年もかかる、食料は実は足りているけれど分配がうまくいっていない、など、これまで受験勉強ばかりできちんと調べてこなかった社会の問題が見え始める。ナイーブだった私には結構ハードなパンチだった。今このときにも亡くなる命がある。私が研究者になったとしても救える可能性があるのは何十年後なのか…と気が遠くなった。また、国連等で働いているめちゃくちゃ賢い人たちががんばっても解決できないような問題なのに、私が勢い込んだところで解決できるわけないか…という無力感も感じる。なかなか、いやかなりしんどい時期だった。今振り返ると「なーんも行動もしてないくせに、わかったようなふりしてアホかー!」と叱りつけたい場面である。

まあ、そんな華奢な心を持っていた当時の私は日本の企業に就職しようと切り替えた。食を大事にし、子供達の食育に力を入れている企業に就職して、地道に食品ロスを無くすよう努力しよう…とか殊勝な雰囲気に満足していたのだと思う。これで親にもうお金を出してもらわなくて済むし、自立して私にできることを、と自分を納得させていた。


転機は3年生の冬、そして内定式の時に訪れる。


名古屋大学では当時学部4年生から研究室配属されることになっていた。そのため、3年生の12月〜1月にかけて各研究室の教授陣がプレゼンをする研究室紹介の機会がある。私は就職も決まっていたし、楽しそうな研究室を選ぼうか、とワクワクしていた。そんな時、芦苅先生のプレゼンを見た。そこには高校生の時に思い描いた夢を叶えられる可能性がきらめいていた。芦苅研では野生イネを扱っていて、栽培イネは生息できない悪環境でも適応できるような能力(遺伝子)を決定する研究を行なっていた。その原因能力(遺伝子)を現在栽培されているイネ品種に導入し、より良いイネ、スーパーライスを作ろうというのがプロジェクトの概要である。芦苅先生の研究の良かった点は、原因遺伝子を遺伝子組換えではなく、交配という古典的な手法で行なっていたところだ。遺伝子組換えは一般の人には嫌悪されていて、せっかく良い品種を作ったとしても浸透しない可能性がある。そこで時間はかかるが、古くから行われているイネ品種同士の交配という方法を用いて目的の染色体領域だけを保持した新しい品種を作出していたのだ。この作業によって、すでに病気に強い新品種を作ったという。

「ここだ!ここの研究室しかない!」と、話を聞いて感動した私はその足で芦苅研究室に伺い、芦苅先生とお話した。今は何を話したか忘れてしまったが、とにかく彼のカリスマ性に強く惹かれたこと、また就職が決まっていて1年しか研究できないと申し出た私にも嫌な顔ひとつすることなく「やる気のある学生さんが入ってきてくれるのが一番嬉しい!」とおっしゃってくださり、芦苅研に入ることを決めた。

芦苅研での研究がスタートし、初めは失敗ばかりだった。384穴のPCRをかけたのに1つもバンドが出なくて泣いた日もあった(後から原因はプレミックスへのtaqの入れ忘れと気付いた時には穴を掘って埋まりたかった)。しんどかったけれど、1つ1つ原因を探し、解決していく作業は楽しかった。その時行なっていたのはphyBという光受容体が異なる2種のイネでどのような機能の違いを持っているか検証する研究であった。phyBの機能ドメインに配列の違いがある、ならば機能も違うはずだ、という推論である。アメリカでphyBの研究をしていた方がちょうどご近所の研究室にいたので、色々実験手法を学ぶこととなった。その方は保育園と幼稚園に通う二人のお子さんを持つ女性のポスドクさんで、実験をしながら家族のこととか研究生活のこととか色々お話しした。ある時、私がその方に「もし私が研究者になったら〇〇さんみたいに家庭と両立できますかね?」と質問した時、その方は「上原さんなら大丈夫に決まってるじゃなーい!」とバンバン背中を叩いてくれた。それがとても嬉しかった。

そんなこんなで失敗もありながら少しずつ研究が楽しいと思い始めていた頃、会社の内定式があった。内定式は東京で行われ、同期入社となる学生たちが一堂に会した。始めの説明会ではいい子にしていた学生たちも、会社の人たちがいなくなる2次会では少しずつ開放的になっていき、かなり学生ノリになってきた。これから同期として一緒に働く子だ、と思い周囲と色々話すがなんだかノリが合わない。私は食育や食品ロス軽減等のビジネスについて考えたい、と話しても、相手は「まあまあ、とりあえずもう一生安泰だしこれから考えたらいいんじゃない」という感じだ。お酒が入っていたこともあるとは思うが、結構ショックだった。皆、会社に入れば一生安泰だと思っているのか。これからもっと日本を良くしようとか、自分を成長させたいとか、そんな気持ちは就職が決まると無くなるのかな。(まぁかなり真面目だったわけだ、私は。)

内定式から帰ってきた後に、新学術の若手の会があり、勉強のためということで特別に参加させてもらった。その会場では自分たちの発見を真剣に発表し、また懇親会でもサイエンスの議論を続ける科学者がいた。とても、とても刺激の多い場所で、「私はこうなりたい、こんな人たちと一緒に仕事がしたい!」と強く思った。

なので、私がドクターに行くこと、そしてアカデミアに進むことをはっきり決めたのはこの時だっただろう。4年生の冬。とっくに内定式も終わったというのに。。。お世話になった企業の方々に直接挨拶に出向き、たくさんの謝罪をした。それでもその企業の方々は「上原さんが決めたことを応援します。ドクター取って気が変わったらまたぜひうちを受けてくださいね。」とまでおっしゃってくれた。とても懐の深い人たちであったし、また素晴らしい会社だと思う。会社が嫌いになったわけじゃない。ただ、アカデミアにいる人々の魅力に強く惹きつけられてしまったのだ。


●アカデミアの魅力と不安

アカデミアを目指す人は、そして今現在アカデミアにいる人々は特にその「不安」をよく目にすることだと思う。

アカデミア業界を席巻する不安には以下の事項があげられる。

任期があること。助教という職についても基本的には3〜5年の任期付職であり、数年に一度、就職活動と引越しをしなければならない。これは大きな不安要素である。

・また、現在の私がそうだが、家族が離れ離れになることも多い。ポストに空きができて公募を出している大学や研究所に応募する仕組みになっているため、自分と配偶者二人分のポストが空くことはそう無いし、それぞれの研究分野とマッチするところがいつ空くかはわからない。なのでタイミングが悪ければ夫婦(そしてその子供達)は離れて暮らすこととなる。それでも職がある方が無職よりはマシである。

業績を出し続ける必要がある。お給料が税金によって賄われている以上、研究結果を論文や書籍や特許として形にし、社会に還元することは当然必須である。しかし、就職先によってはまともな実験機器がなかったり、材料を育てる環境(温室やインキュベーターなど)がなかったりするなど、場所による貧富の差で研究が進むかは決まる節があるような気がしている。研究が進まなければ業績は出せない、業績が出なければ研究費が取れない、研究費が取れなければ研究は進まない…の悪循環だ。また地方では学生も少なく、良い人材もポスドクとしてきてくれないなど、人材不足も叫ばれている。一人で進められる研究には限りがある。それでも業績を出さねば…というプレッシャーはかなり精神を追い詰めるものだと思う。

業績があってもテニュア(任期がないこと)のポストに就けるとは限らない。大学の数には限りがある。またそこで教える教員の数にも限りがある。少子化が進む現在、大学の統廃合も進み、今後大学の数そしてポストの数が増えることはないだろう。某地方市立大のポストには100人以上が応募し、中には理研で非常に素晴らしい業績を出した方もいたがその人は落選したと聞いた。このような熾烈なテニュアポスト争いに疲弊している先輩方を見ていると、なかなか将来が明るく見えない時もある。

と、大きく4つを挙げたが、Twitter等を見ているとまだまだてんこ盛りにある。これから研究の道に進もうとする学生さんを脅すつもりはサラサラないが、学位を取って3年が経つ私も上記の4点は今ヒシヒシと感じている。


なかなか身に堪えるボディーブローを受けたような気持ちだが、気を取り直してアカデミアの魅力についても書いていこうと思う。

・まず第一には、上述もしたが、自分の研究に対して情熱を持った人々に出会えるという点である。学会や若手の会、各種研究会などに足を踏み入れるとそこかしこでサイエンスの議論が花咲いている。そんな場で自分の研究のことを披露し、それを相手に認めてもらえたり、または未解決な問題点を突かれてディスカッションが始まったりなど、自分の研究を軸に話を展開することは非常に誇らしいしエキサイティングである。アドレナリンがブワーっと出まくるのがわかる。そんなことを感じられる場所はそこらにはちょっと無いと思う。

個人として評価してもらえる。学生のうちはさすがに〇〇研究室の××さんのように「〇〇研の〜」という接頭語がつくが、それでも「この人が行なった研究」と認めてもらえる。独立した研究者ならなおさらだ。しかも論文が国際誌に出て、国際学会で発表をした日には世界から「これはあなたの仕事ですね」と認められることになる。会社員でも個人として世界的に認識されるだろうか?

・また、これは友人からの受け売りになるが、アカデミアの方が自分で人生をコントロールすることができる、とのこと。その友人は博士号を取った後アメリカでポスドクをして、その後日本の企業に就職した。しかしつい最近親会社が変わってしまい、彼のいる部門は近いうちお取り潰しになるそうだ。そうなると会社内で異なる部署に異動するか、他へ転職する必要が出てくる。また、自分が手がけていた案件でも上が不要とみなしたら途中まで結果が出ていたとしても有無を言わせず終了となるらしい。アカデミアはキツい面もあるが、人生の舵を自分自身で切っている実感がある、と彼は語っていた。

日本の科学を支えるという気合い。大学や研究所は特に基礎研究を推進する場である。ぱっと見お金にならないように見える研究でも、数年後数十年後にどう化けるかわからない。また基礎を蔑ろにして応用だけを推進すれば良いというものではない。基礎を打ち立て、少しずつ知識の裾野を広げていくことは未来を作る上で非常に大事な営みである。そのような営みに自分も貢献しているのだ、という誇りと、これからの日本を支えたいという気合いもアカデミアの魅力と私は思う。

確かにアカデミアには不安要素も多い。けれど、やっぱり魅力もある。

不安な点ばかりが取りざたされて、博士課程に進むのに二の足を踏む方が多いのも納得できる。それでも私は踏ん張れるかぎりアカデミアで踏ん張りたい。上記したアカデミアの魅力を少しでも多くの人に伝えたい。月並みだけど、

自分でなにか小さくても新しいことを見出した時の感動とか、

人に自分の研究内容を話して伝わった時の嬉しさとか、

自分の研究や発表に対して「面白かったよ!」と言ってもらえた時の誇らしさとか、

鋭い質問を投げかけられて動揺しながらも答え切った時の興奮とか、

解けない問題についてあーだこーだ(飲みながら)議論する楽しさとか、

そう言ったことをもっと伝えていきたいなと思う。

つらいよ、大変だよ、と愚痴るときもあるけれど、やっぱり後輩にはかっこいい先輩の姿を見てアカデミアに進んでもらえたら嬉しい。

それにはやっぱり自分自身が研究を楽しんでる姿を見せるのが大事かな、と思う。

私もそういう先輩たちの姿を見て、この世界に進もうと決めたから。

また、アカデミアの魅力とは少し外れるが、博士号を取得するということもそんなにデメリットはないと思う。日本の新卒採用の企業だけを見ていたら、博士号=デメリットのように感じるかもしれないが、海外には博士号取得者にかなりチャンスがある。博士号を持っているということは海外では評価されるので、転職にも有利だし、給料も高い。アカデミアのポストは世界どこでもかなり厳しい戦いになるけれど、アメリカでは企業と大学の行き来も盛んだし、割とさらっと転職していく人もたくさんいる。研究を通じて得た技術と周囲と協力していく力があれば(博士号取得者はそのような力を兼ね備えていると思うし)割とどこでもやっていけるんじゃないだろうか。日本の企業も少しずつ博士号取得者を採用する動きがあるというし。博士課程に進む学生数が減っているのは日本くらいだ。博士号取得者の価値をちゃんと評価できないような会社であればこっちから願い下げてもいいくらいじゃないだろうか。もっと広い世界に目を向けてみてほしい。

とまあかなりアカデミア・博士号取得推しの文章になってしまったわけだが、先ほど述べたように私も常にアカデミアの不安は感じている。いつこのキャリアを諦めるかわからないけれど、不安を感じる中でもこうして改めて自分の中でのアカデミアの魅力を言語化できたことで、ああそうだった私はそういうところが好きでこの世界に飛び込んだんだと思い出すことができた。

アカデミアに進もうか迷っている人に少しでも参考になれば嬉しい。

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