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執筆者の写真Kanako

「分類学は生物学の根幹をなす大黒柱のような学問である」

更新日:2020年8月1日


岡西政典さん(東大・三崎臨海実験所)の書かれた新刊「新種の発見」(中公新書)を読みました。今回のブログタイトルは、その中の一文です。分類学という学問に誇りを持っていらっしゃる、とても素敵な本でした。分類をスタートさせるにはまず文献整理から、種の命名における主要6ヶ条、学名はしばしば変わることがあること、など、膨大な参考文献をもとに岡西さんの軽快な文章で書き連ねられていました。分類学者がどのように生物を分類し、分類研究を行う上でどのようなことを考えているのか、分類学の大義と真髄に触れられる良書でした。ぜひお読みになることをおすすめします。



この本を読みながら、3年前に三崎臨海実験所でイネの講演をした際、岡西さんに「なぜOryza sativaとOryza rufipogonは異なる種なのに交配ができるのですか?どのように分類されているのですか?」という(正確な質問文は忘れたけれど、このような意図の)質問を受けたことを思い出しました。懐かしい。。。その時はたしか、ゲノム中に存在するトランスポゾンの配列の違いによって分類されています、と回答しましたが、彼の顔には「交配ができるほどに種分化していないものを異なる種に分けていいものか…」という疑念が残っていたように思います。なぜ交配して子孫を残せるものが別種とされているのか。この点についてそれまで疑問に持たず2種の名前を使っていた自分を恥じました。

その質問を受けたあと、ずっと悶々と考えていたのですが、自分を納得させる言い訳として以下を考えました。


種の定義はいまだに論争がある、立ち入りにくい分野(と私は考えてしまいますが)ですが、これまでに学んだ種の分類法には大きく分けて3つあります。

・生殖隔離が起きている(異なる種同士では子孫を残せない)

・形態や形質が異なる

・遺伝的な組成(ゲノム配列に由来)が異なる


O. sativaはアジアの栽培イネで、O. rufipogonはその祖先種とよばれる野生イネです。O. rufipogonの中のあるサブグループ*からO. sativa japonica(短粒種、もちもち系)が、別のサブグループからO. sativa indica(長粒種、さらさら系)が生まれました。形態的にO. rufipogonの草丈は高く、穂は開いていて、脱粒性が高く、雑草のような見た目をしています。一方O. sativaは草丈が低く、穂は脱粒しにくいように閉じた形態をしていて、O. rufipogonとは明瞭に見分けることができます。イネの分類研究は古くから行われていますが、形態や生息域(+生育サイクル)を基にはじめは分類され、その後DNAマーカー(RFLPやSSRなどのPCRマーカー)を用いて再組成されました。O. sativaとO. rufipogonはいまだに交配して子孫を残せます。すなわち生殖隔離は起きていません。しかし、両者の形態は大きく異なり、またゲノム配列をみても野生イネと栽培イネは大きく異なっていて**、系統樹を書くと異なるクレードに分かれます。これは、上記した3つの種の定義のうち2つにあてはまることから野生イネと栽培イネは別種として名付けられたのではないか、と推測しました。(もちろん形態が似ていることと遺伝的な組成が異なることは一致しないこともあります。形は似ていても遺伝的な組成が全く違うということもあるので、単純に一括りにすることはできません。)


また、岡西さんが上記の疑問を持った他の理由も「新種の発見」を読んで明らかになりました。少しだけ本文の内容を引用します。

現在私たちが食べている/もしくは牛乳をとるのに利用する「ウシ」も野生種から家畜化という過程をへて生み出されたものです。1758年にリンネは家畜種であるウシに”Bos taurus”と命名し、そのご別の研究者がウシの祖先野生種に”Bos primigenius”と命名しました。しかし、家畜につけられた種名は正式名とは扱われず、家畜種は祖先種の変異種であることを表す、”Bos primigenius forma taurus”などと呼ばれることに落ち着いたそうです。ウシ以外にもネコなどを含む17種の家畜は、ウシと同様に祖先野生種の種名が家畜種にも使われているとのことなので、この知識が前提としてあるとイネはどうして?となるのも納得がいきます。

植物は動物とは違う命名ルールが適用されているのでしょうか?岡西さんも日本では動物分類学会に所属されているとのことなので、同じ分類学といえど動物と植物は学会すら分かれて開催されるために認識が異なるのかもしれません。気になるところです。 また、本文中に「研究者数が少ないとマイナーな動物はその全貌が全く明らかにされず、マイナーに甘んじているものも多い。」とありました。確かに昆虫はプロアマ問わずファンが多くて、そのために種もかなり細かく分類されているのかもと思わせられます。ちなみに植物だと、キク科、ラン科の種数が最も多く、両方とも20,000種います。イネ科は8,000種。鑑賞用のものほどファンも多く、交配等によって新たな品種が作られているのかもと想像できますが、種分化するほどの圧がかかっているのだろうか。分類については不勉強な点が多いので、今後植物の種分化についても調べていこうと思います。

ちなみにモデル植物であるArabidopsis thalianaの和名は「シロイヌナズナ」が一般に認知されていると思いますが、本書では「シロイズナズナ」の表記に。。笑

「シロイズナズナ」はアクセントの問題でそう聴こえているだけかと思ったけど、実はその名前も科研費のキーワードで引っかかってくるからなぁ。

同じものを指しているのか違うものを指しているのか(ここでは冗談ですが)、はっきりさせるためにもやっぱり分類学は大事ですね。



注釈

*サブグループ:ここでは全体としての集団のなかで、遺伝的に異なる集団のことを示している。

**Fstという遺伝的分化を表す指標により2種間の分化の程度を表すことができる。0~1の間の値をとり、この値が大きいほど遺伝的分化が大きいことを示す。O. sativa japonicaとO. rufipogonを比べるとFst=0.36。(また今後詳しい解説を載せる予定。)


参考文献

・約500系統の野生イネと約1000系統の栽培イネのゲノム配列を用いて、アジアイネの分化がどのように生じたかを議論した論文。

Huang et al. Nature, 2012 (doi:10.1038/nature11532)


・イネOryza属の系統分化や分類について概説した記事と本。

森島啓子「イネの進化研究を考える」育種学研究, 1: 233-241, (1999)

森島啓子「野生イネの自然史ー実りの進化生態学」北海道大学出版会

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