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執筆者の写真Kanako

TurboIDを用いたproximity-labeling

更新日:2020年8月1日

私の所属している研究室ではTurboIDを用いた近接依存性標識法 (proximity labeling, PL)と呼ばれる技術を用いて、タンパク質-タンパク質間相互作用の解析、ならびに新規相互作用因子の同定に取り組んでいる。

本記事では近年注目を浴びているこの技術について解説する。


(以下のイントロはBranon et al., biorxiv, 2017を参照)Proximity Labelingにはビオチンという低分子化合物を標識として用いる方法がある。ビオチンを結合させる酵素のうちPLの代表的なものとして、これまでにAPEX2もしくはBioIDが用いられてきた。APEX2は大豆由来アスコルビン酸ペルオキシダーゼを改変したもので、近傍に存在するタンパク質を素早く(1分以内に)標識することができる。しかしそれと同時に、ビオチンの活性化エネルギーを高めるために過酸化水素(H2O2)が必要となる。H2O2は生体に毒性を及ぼすため、細胞や生体を使う場合にはあまりオススメできない。一方BioIDは、E. coli由来のビオチンリガーゼBirAに1アミノ酸置換を導入した変異体で、ビオチンを加えるだけでBirAが近接タンパク質にビオチンを標識してくれる。キナーゼによるリン酸化のように安全。しかしBioIDにはビオチン標識速度が遅いという欠点がある。質量分析計での検出に十分なビオチンを標識するには18-24時間(時にはもっと長く)の処理時間を要し、このことがBioIDの普及を阻んでいた。また、触媒活性も低いため、ハエや培養細胞を用いた一部の実験系には不適であった。このため、短時間でビオチンを付加させ、相互作用解析に活用できるビオチン化酵素が望まれていた。


そこでMITのAlice Ting博士の研究室ではBioIDに種々のアミノ酸変異を導入し、TurboIDを開発した。TurboID(35 kD)とminiTurboID(28 kD)は、どちらもBioIDの7-26倍の活性を示し、ラベリングにかかる時間も10分~1時間と大幅に短縮された(Branon et al., Nat. Biotech., 2018)。


TurboIDは自身の半径約10 nm以内にあるタンパク質に対してpromiscuousに(無差別に)ビオチンをつける。ビオチンはストレプトアビジン(SA)と呼ばれるタンパク質と非常に強い結合をする。この性質を利用し、ビオチンのついたタンパク質をSA付きビーズで精製することができる。

実験の簡単な流れはこうだ(Fig. 1参照)。

1. 目的タンパク質(Protein of interest, POI)にTurboIDをつなげたコンストラクトを作成し、実験材料に形質転換する。

2. 形質転換体からタンパク質を抽出する(total protein)。

3. SAビーズを用いてビオチンの付加されているタンパク質だけを精製する(biotinylated protein)。

4. 質量分析計(mass spectrometry, MS)にかけてビオチンの付加されているタンパク質名を決定する。

この手法によってPOIの周囲半径10 nm以内に存在するタンパク質を網羅的に同定することができる。


このTurboIDを用いた手法が免疫沈降法(Immunoprecipitation, IP)と異なる点は、ビオチンが周囲のタンパク質に無差別に付けられるという点だろう。IPの場合、実験の流れはほとんど上記と同じだが(Fig. 2)、タグとなるタンパク質がPOIに融合しており、タグ付きPOIを精製した際に一緒にいるタンパク質をMSで同定するということになる。この時、POIと結合の強いものはMSで同定することができるが、結合の弱いものは同定することが難しい。


一方TurboIDの場合、POIの近くに存在するタンパク質には一通りビオチンがつけられる。そしてビオチンとSAの結合力は強いので、ビオチンのついたタンパク質の取りこぼしは少ない。そのため、「近くにいる」というタンパク質をすべて同定することができる。

この「近くにいる」タンパク質というのは、バイオロジカルに意味があるかどうかについては答えてくれない。例えば、私は現在膜局在型のタンパク質の解析を行っているが、ビオチン付加されたタンパク質の中には膜輸送に関わるタンパク質であるSNAREやクラスリンが検出されている。この結果はTurboIDがうまくいっていることを示してくれるが、私の目的タンパク質がどのようなシグナル経路に関わっているかということは推測しにくい。そのため、バイオロジカルに意味のあるデータを得るには、ネガティブコントロールを何にするかということが重要になる。通常、ネガティブコントロールとしては黄色蛍光タンパク質YFPにTurboIDをつないだものを使用するが、私の場合には膜局在シグナルをさらに足したものが良い。転写因子を解析するのであれば核局在シグナル(NLS)-YFP-TurboIDがネガコンになるだろう。使用するプロモーターもnative promoterか35S promoterかで結果が変わってくる。POI-TurboIDのMS結果からYFP-TurboID(ネガコン)のMS結果を除いて、残ったものの中に真の相互作用相手が残されているはずだ。


さて、私は植物を材料として扱っている。植物はもともとビオチンを持っているので、ビオチン付加タンパク質を精製してもTurboIDって付加されたものか自然条件でついたものかは判断が難しい(バックグラウンドが高い)。しかし、この問題もネガコンが適切なものであれば解決できる。さらに、外部から投与するビオチン濃度が高ければ高いほど検出されるビオチン付加タンパク質の数も増えるが、false positiveの数もどんどん増えると推測される。今のところ私たちのラボでは50 µMのビオチンを外部投与している。


2017年から2019年の間に植物でもTurboIDを用いて新規相互作用相手を報告する論文がいくつか出版されている。

・LinらはイネのプロトプラストとBioIDを用いて転写因子OsFD2と相互作用する因子を同定している(Lin et al., Frontiers Plant Sci, 2017)。

・Mairらは転写因子FAMAにTurboIDを融合させたコンストラクトを用いてHFG2やSCAP1という既知の相互作用因子以外に新規相互作用候補を見つけている(Mair et al., eLife, 2019)。FAMAは低い発現量であり、しかも気孔特異的な発現パターンを示すが、それでも相互作用相手をバッチリ特定することができている。

・Kimらはブラシノステロイドの下流因子であるBIN2というキナーゼにTurboIDを融合させ、既知の相互作用因子BZR1やBSLsのほかいくつかの新規因子を同定している(Kim et al., biorXiv, 2019)


TurboIDを用いて候補となる相互作用相手を網羅的に同定した後に、共免疫沈降(Co-IP)やBiFCなどで結合を確認する。もしくはTurboIDの結果とリン酸化プロテオミクスの結果を合わせて候補となる相互作用相手を絞り込むなどが戦略として挙げられるだろう。

今後もTurboIDを用いた解析を続け、新しいシグナル伝達経路を発見していきたい。


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